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今中哲二氏(71)は毎年のようにウクライナを訪れて研究を続けている。

デイリー新潮 2022・3
狂気の沙汰、原発攻撃のロシア軍
ジャーナリスト 粟野仁雄




建設中の新シェルター
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      (写真・今中哲二)

3月4日、ロシア軍はウクライナ南東部エネルゴダールにある世界で3番目、欧州最大の ザポリージュ原発を戦車で砲撃、敷地脇の研修施設で火災が起きた。IAEA(国際原子力機関)によれば火災は収まり、重要施設は無事で放射線漏れなどは起きていないが、ロシア軍は「この原発を制圧した」と発表した。破滅的な事態には至っていないものの一 体、プーチン大統領は何を考えているのか。



砲撃でウクライナのクレバ外相は「もし(原子炉が)爆発すればチェルノブイリ(事 故)の10倍の規模になる」とツイートした。ウクライナの原発といえば、首都キエフ中心 部から北方約100キロにあり、ソ連時代末期の1986年4月に核分裂反応の暴走で大爆発、破局的な事故を起こしたチェルノブイリ原発。現在は稼働しておらず巨大な石棺で覆う廃炉 作業が進む。
ここもすでに2月24日、ウクライナの北側で隣接するベラルーシから侵攻したロシア軍 が制圧していたが、今度は南側からだった。



チェルノブイリ原発の事故後、京都大学原子炉実験所(現京都大学複合原子力科学研究 所)の元助教、今中哲二氏(71)は毎年のようにウクライナを訪れて研究を続けている。 同所の小出裕章氏元助教らと「反原発」を掲げた「熊取6人衆」(一人は他界)の一人として知られ、退官後も研究員として活動する。


今中哲二氏は、「あの原発には行ったことはないが、キエフを流れるドニュエプル川の 下流にある原発で、旧ソ連が開発したVVERという加圧水型の原発です。構造は西欧型 のPWR(加圧水型原子炉)に似ており、万が一に備えて、危険な時は自動的に運転が止 まるシステムなどは日本の原発などと同じはずです」と話す。地震などの際、自動的に核 燃料に制御棒が入って核分裂を止めるECCS(緊急炉心冷却システム)のことだ。 VVERは、ウクライナなどの旧ソ連各国や、東欧で多く普及している。



第一世代のV VER440(440万キロワット )は安全性などが指摘され、第三世代と言われるVVER―1000(百万キロワット)は改良され、安全性や経済性が高まったとされる。 ザポリージュ原発の第1号機はチェルノブイリ事故の前後に稼働、現在はVVER―1 000が6基稼働し、総電力は600万キロワット。ウクライナの電力の5分の1を賄う。



ロシア軍の砲撃について今中氏は「原発はクリミア半島に近く、電源などを抑えておき たいための砲撃でしょう。本当に原発を破壊したいのなら戦車などではなく巡行ミサイル でも撃ってくるのでしょうが、それはないでしょう。そんな破滅的なことをしたら意味が なくなってしまう。制圧が目的でしょうから。ただ戦車からの砲撃などは狙いが不正確で、いわゆる流れ弾のようなものが当たって大事故になる可能性もあり、それは怖い」と話す。


「流れ弾」が福島第一原発での「津波」と考えればいい。


福島第一原発の事故も、津波 で直接原子炉が破壊されたわけではない。電源が水没して冷却できず、炉心のメルトダウンが起き、爆発した。同じ事態になる可能性がある。原子炉自体は頑強でも、砲撃や流れ 弾の影響で電気設備や配水管が壊れて水が原子炉に届かなくなれば破局に繋がることは11 年前に誰もが知ったはずだ。 ロシアはウクライナの重要な電力供給源を制圧、都市への供給を遮断して都市機能を完全に麻痺させ、食糧のみならずエネルギー面からの「兵糧攻め」を狙っている。それを察 したウクライナ国民は原発を守ろうとし、ザ原発周辺では原発作業員ら市民が列を作ってロシア軍を阻止していたが、ロシアの戦車隊列はあざ笑うように突破した。



ウクライナ全土には15の原発があるが、ザ原発の西の方向、首都キエフから350キロ南 にはウクライナ南原発がある。

今中氏は「南からキエフへ向かう通り道にあたり、ロシア 軍はここも狙うでしょう」と懸念する。同原発もVVER―1000を3基備える大原発 だ。 ウクライナでは原発は電力源の53%を越え、原発依存度は高い。旧ソ連から独立した後、ソ連時代からの核兵器はロシアに返上したが、一貫して原発は運転し続けている。

チェルノブイリ事故の惨事を経験したはずのウクライナ人の原発に対する国民感情について今中氏は

「エネルギー源として原発は不可欠と考える人も多く、原発賛成、反対はほ ぼ半数ずつといった印象ですね」と語る。



筆者は2013年夏、今中氏の助力で、チェルノブイリ事故取材をした際、英語通訳のウク ライナ人女性と二人でチェルノブイリ博物館を訪れた。原発に閉じ込めれたまま亡くなった職員や、救助に向かって死亡した消防隊員らの遺影などが並ぶ、実にリアルな展示で驚いた。
行政が「負の遺産」をなかったことのようにする傾向の強い日本で福島第一原発の事故 をしっかり伝えるような博物館を作るだろうか、と痛感した。とはいえ、チェルノブイリ 事故は旧ソ連が起こしたものであり、ウクライナという国が起こして世界中に迷惑をかけ た事故ではないという意識もあったのか。もし、チェルノブイリの事故が地勢的に現在の ロシアで起きていればロシアはそんなものを作っただろうかとも感じた。今頃になって今 中氏に尋ねると「旧ソ連時代だったことと博物館のあり方はあまり関係がないのではない か」とのことだった。
ロシア軍の侵攻で「プーチンがここまでやるとは思わなかった。ソ連が1968年に『プラハの春』を戦車で蹂躙した歴史を思い出し心配です」と話していた今中氏には、30 年来の友人であるウクライナの研究仲間がいる。安否を問うメールにキエフ北部に住むバロージャさんからは返事が来た。「ベラルーシから南下したロシア軍がもう間近にいて、 何度も爆音がしているようだが、市街戦にはなっているとは書いていなかった」と今中氏。バロージャさんの父親は、1956年のハンガリー動乱の時に介入したソ連を批判したり、ロシア語が強要される中、ウクライナ語の復権を掲げて投獄され1984年に獄死 した闘士で、ウクライナの英雄だ。



もう一人の友人、オレグさんからは返事がないという。今中氏は「無事だといいが、どうすることもできない。プーチンはソビエト帝国の復活を目指しているようだが、想像を 超えた事態だ」と案ずる。オレグさんには筆者も自宅に招待され、奥さんの素晴らしいウ クライナ料理をご馳走になった。
ウクライナのゼレンスキー大統領は「原発を攻撃するなど歴史上、初めての暴挙だ」と 怒りをぶちまけた。ところが、ロシア国防省は「原発は2月28日には既に制圧しており、 ウクライナの破壊工作による事故」と断じた。プーチン統領は世界がこれを信じると思っ ているのか、あるいは砲撃後、世界の世論に接してまずいと思ったのか。それとも、そんな声すら届いていないのか。
2017年の夏、筆者が訪れたサンクトぺテルブルグ市では、プーチン大統領の肖像入りの チョコレートまで売っていた。市井で尋ねても称賛ばかりで驚いた。今振り返れば、ロシア国民が真にこの男を理解した上での人気だったのか、それとも言論統制の産物だったの か。



2009年の石棺
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                                     (写真・今中哲二)



プリピャチ市の入り口


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                       (写真・今中哲二)


by momiji2443 | 2022-03-12 00:31 | 研究
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